★お気楽日記★

アリとキリギリスでは断然キリギリスです。 うさぎとかめなら、確実にうさぎです。 でも跳ねる趣味はありません。

市民舞台芸術学校劇場講座トークセッション「劇場は今」藤田俊太郎さん回行ってきました

2021年9月5日(日)14時~16時、関戸公民館ヴィータホールで開催された、市民舞台芸術学校劇場講座トークセッション「劇場は今」第一回藤田俊太郎さんの回に参加してきました。

 

(自分の汚くて読めないメモ書きを元に内容を書きだしてみました。おかしな部分はおそらく全て私のメモがおかしい&記憶力の無いせいです)

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パルテノン多摩館長の栗原喜美子さん(プロデューサー)のご挨拶で始まり、ナビゲーターは演劇ジャーナリストの徳永京子さんです。

藤田さんはグレーのスーツに赤いナイロントートバッグで登場。

(このトートバッグはイギリスでのVIOTETの時の思い出の品で、中に2020年と今年の台本を入れて持参してくださいました)

 

テーマは「演出家として公演中止や延期の経験で考えた事、公演実現の喜びとは・・・」です。

 

最初に客席を見渡しながら「ステージからは逆光で客席がよく見えないので、凝視してるかもしれないですが気持ち悪く思わないでください」と言って笑いを取る藤田さん。

 

徳永さんより、昨年から今年にかけて無くなった藤田さん演出のステージ数が発表され、「天保十二年のシェイクスピア」が11公演、「VIOLET」が29公演、(ここで藤田さんから「(無くなったのではなく)休止です」とコメント入る)、「ジャージーボーイズ」が64公演、2021年の「ゴッドファーザー」が9公演の合計113ステージ、しかし(その代わりに)天保はブルーレイで届けられ、VIOLETも5公演だけだが9月に行うことが出来、JBもコンサートで届けることが出来た、と話を振られる。

藤田さんいわく、主催者、劇団と話して、コンサートを画策した、何もしないと利益も無いし。

2020年はオリンピックイヤーだったので(オリンピックは文化とスポーツの祭典なので大きな予算がついた)、演劇界全体でも大きな作品が多かった。(3年前とかから計画)

お客様の期待も大きかった分、ゼロにするわけにはいかない。それが演劇界全体の至上命題だった。

どのようにやっていったかは、その時期(コロナに対する世情)によって違う。

JBコンサートを行い、そこからVIOLETに。

昨年の5~6月は今より自粛ムードで、JBコンサートは、ZOOMで話したり、稽古は完全にアクリル板で囲って上からマイクを降ろしたのを12ブース作ったりしていた。(お芝居と違って距離が取れるからコンサート形式に)

舞台稽古は1時間だけとか、換気の時間とか時間の制約があった。

そしてコンサートから朗読劇など少しずつ出来るようになっていき、「VIOLET」で初めてお芝居をやった、と少しずつ段階があった。国から指針は無く、現場ごとに手探りで対策して行った。

 

コロナ禍の稽古、打ち合わせについても、その座組と話した日によっても(それぞれ)違う。

2/26に自粛要請が出て、経験したことが無い、わからない状態で、コロナという状況ではどうやらお客様や俳優とものを作るのは危険があるらしい、もうお客様も来れなくなるという状況がありうる中、プロデューサーともどうするか聞かれて、僕は全部やろうと決めた。賛否両論あるのは前提で、全部前向きにとらえようと決めた。悩まないことが大切。僕自身はコロナが怖いという恐怖はゼロ。

そこをスタートにして各プロデューサーと話した。

「VIOLET」は29公演丸ごと無くなった。舞台上にセットを飾り、これは客席も舞台にあったので客席を配置、明日から俳優を迎えるという状況で中止し、セットだけ残った光景は忘れないでいようと思った。

5月に「VIOLET」出来るかなあと思ったがやはり出来なかった。

zoomでプロデューサーとも話し、キャストともzoomで会っていた。

吉原光夫さん、成河さん、唯月ふうかさん、優河さん4人と、情報交換や台本の読み解きは続けていた。上演まで稽古期間が延びたと考えた。

他にもいつかこのメンバーでどういう芝居がしたいとかも話して、「VIOLET」を深められた。

「VIOLET」のテーマがどんな苦難があっても進んでいこうというもので、またVIOLETが接触することが主題、その傷を触ってくれるというのが大きなモーメント、接触する意味をみんなで考えられた。

プロデューサーとはお金の話、実現できるかという話、俳優とは芝居の話を5~7月出来たのが、幸運だったし支えになった。

カンパニー11人とリモートで話したりしたことが9月の公演に結実した。

 

徳永さんから「コロナが怖いというキャストさんはいなかったか、どう対応したか」との質問。

これもその時の感染状況次第。大切なのは絶対にこっちの考えを押しつけない。価値観は人それぞれ。一人一人と話していく。一人一人納得するまでつきあう。

(JBコンの頃は、家族が多いので家族の為に当面舞台は控えたいという人もいたし、今だからこう言ってるけど、その時は予定が合わなかったからこの方は出演されない風に見せて(笑)、とのこと)

 

徳永さんより「もしかしたら中止になるかもしれないという状況での稽古の現場のモチベの作り方、キープの仕方は」との質問。

これもその月次第。

2つのことを気をつけた。

1、自分の立場を越境してはいけない。俳優さんのギャラは1ステージいくらなので、中止になって0円にならないか、その考えをプロデューサーに聞いておく。今やっていることが生活や未来につながるのか。幸い僕が組んだプロデューサーはみな優秀な方で、ちゃんと考えてくれていたので、僕は作る方に専念するだけ。

2、(声をかけて)参加しないことにうらみっこなし。(参加してくれなくても「嫌い(もう仕事しない)」とかにならない(笑))

2020年の今は、どうしますか?その覚悟があるかないか最初に聞く。皆さん相当な覚悟が出来ていて、短くても充実した稽古になった。2時間稽古して50分換気、とかでも、集中力が全然上がった。何かわからないことは(稽古場でではなく)持ち帰ってリモートで相談すれば会わなくても良い。演出家は孤高でいなくてはいけないという変なプライドは全くいらない(←から、リモートで打ち合わせしまくるということかな?)

葛藤は座組では見せずバスッバスッと決めていく方が良い。

 

徳永さん「コロナ禍の初期は演劇に冷たい雰囲気で不要不急と言われたり、一部の演劇界の方の提言が切り取られてネットでバッシングされたりしましたが、気になりませんでしたか?」

藤田さん「気にならないです(きっぱり)」

気にならないというか、まあ、起こっていることは見て知ってはいましたが、そこまで僕に知名度も発言権もないので最終的に気にならないだけ。僕の目の前にある現実はそうじゃなかったので。リアルな声は、座組をリスクあるけど作ろうとするプロデューサーや俳優たちであり、それを待っているというお客様の声だったので、それを信じて先に進もうと思った。いろんな声があるのは知ってるけど、僕の目の前にある仕事で前に進むだけ。芸術監督や肩書があれば違うんだろうけど。

コロナで失ったものは無いです。――あ、届ける公演が出来なかったという、機会は失いましたが。

演劇で僕は救われた。演劇は社会的にメッセージを伝えられるメディア。演劇をやること自体がメッセージになる。他者と関わることができる。

 

徳永さん「藤田さんはミュージカルの演出が多いですが、日本でもミュージカルが盛り上がったのがこの10年くらいで、これはディズニーアニメの影響が大きいと思う。お芝居に歌が入って抵抗のない世代が出てきた。藤田さんの作品は日常との関わりに楔を打ち込む作品で、(ミュージカルという)エンタメを下に見ていると出来ないと思うが、演出で意識されているのか」

 

楔を打つのは意識的にやっています。演劇を見るのは今を生きる皆さんであるので、10年後に傑作だったということは起こらない。(過去のものが今も傑作であるということはあるが)その時代を生きている皆さんが見る。SUICAが改札で引っ掛かったとか、現代のもので私たちの日常動作。日常に多くの人が感じているもの。マックは子供のセットを安くしてその後も食べ続けてもらう作戦だけど、普遍的かもしれないのを作品の中に置くことが大事。

(なんかここ、私のメモが不完全で文脈がおかしいですね・・・)

 

ここで徳永さんから、藤田さんが自発的に昨年と今年の台本を持ってきてくださったこと、中には書き込みがびっしりなことが伝えられる。

こんな時世じゃなかったら回して見ていただきたいんですけど、と藤田さん。

天保の台本の書き込み見たかった・・・・戯曲本とセットで販売して下さい、東宝さん

台本を取り上げながら「NINEは32公演全部出来た、ゴッドファーザーは・・・」などと説明する藤田さん。

緊急事態宣言で当日券出せないのが痛い、お客さんも仕事もあるだろうから2か月先の予定など決められない中、当日券は良いシステムなのに出せないのは残念。演劇の裾野が広がらない、改善されてほしい、とのこと。

徳永さんから、そんな逆境の中で天保とVIOLETで読売演劇賞?の結果を出したと言われ、ありがたいです、良かったと言ってくれることは嬉しいと。

そして赤いトート(イギリスの劇場グッズ?)をVIOLETイギリス公演のつらい思い出、とおどける藤田さん。

最近台本にメモを書くようになった、「NINE」もセットの図を貼って、と見せてくれる。

今まで俳優とディスカッションしてるつもりだったけど、もっとできるようになったのもコロナで良かったこと、と。

名前のないキャラクターにも人生があって、その役の背景について話す時間が出来た。全体稽古の前に出来る。それらを台本に書きこむ。サブテクストを作る。(その役の人生を俳優が考えろと、蜷川さんが言っていた)台本に書かれていないこと、サブテクストを作るのを、より気にするようになった。ミュージカルはストレートプレイより特にこれが必要。歌で言葉が制約されるので、むしろミュージカルの方がシビアに考える。「VIOLET」の時も何歳で何があったとか、何人と付きあったとか設定を考える。ベテランの俳優さんには「藤田君、そんなのいらない」と言われたりもするんだけど(苦笑)。

蜷川さんの時は稽古は2時間で終わった、みんな蜷川さんの前で良い芝居見せようとするから。

 

徳永さん「最近翻訳の方が増えて、すごく頑張っていますね」

僕は「藤田はしつこい」と翻訳の人に距離を置かれます(苦笑)。JBの時は小田島先生に会いに早稲田大学に通って「どうしてこういう訳になったんですか?」とか夜の10時から、終電まだ大丈夫ですから(まだやりましょう)!とか言ってた。

徳永さんから、松岡和子さんが蜷川さんのシェイクスピアの稽古場に行ってティーチインに出て一緒に作業していた話が出て、藤田さんは、それが僕の中で理想像、と。

今回「VIOLET」で実現できた。翻訳の芝田未希さんは梅田芸術劇場の社員さんでずっとついていてくれたので、5公演しか無かったのに初日と最後の方とで訳が変わっているところもある。成河さんが、やってみたらわかったんだけどと変更の提案があって、成河さんから僕、僕から芝田さんでその場で変えた。最後の2公演は違う訳のところがある(細かい部分だけど)。相手役さんも(急に成河さんの言葉が変わって)大変だったろうけど、それで行きましょうって。翻訳の方がずっといてくれたからそれができたのが良かった。翻訳の方は稽古に立ち会っても日当が出るわけではないから、翻訳の数をこなして、渡すだけで終わり、ってしないとギャラが増えないので(仕方ないが)。これがもう少し変わっていくと良いと思う。

 

徳永さん「もっと俳優とプランナー(照明とか音響とかのスタッフ)のコミュニケーションが取れて共同作業ができるのが作品を豊かにしますね」

舞台稽古はプランナーがみんないるので、早めに終わるようにして、最後プランナーが全員集まる時間を必ず取ります。どこを直したいと思ってるとか全員顔を合わせて。「NINE」の時は照明の沢田先生、先生って言っちゃうんですけど、は80代で、映像の横山さんは40歳とかだけど、みんな対等に話をする機会はなかなか作れないが、みんなで意見を言い合う時間は尊い。演出家が決定していることは伝えるけど。照明はこっちから照らすとか、10秒でまわる、とか。

三方礼、カテコで上手、下手、中央に挨拶することなんですけど、沢田先生が「なんで三方にするんだ(ACTシアターは三方無いのに)、古い」とか言いだして場が和んだりとか。で、それを持って翌日朝の俳優さんと共有します。

 

俳優さんが好き勝手言って(笑)それをOKとする演出家、僕なんですけど、俳優さんが感覚的に言うことは正しい、例えばJBで中央に立つ・・・中川さんとか(笑)、当たってる。なんかこの部分は歌なら成立するけど芝居では成立しないんだよね、と言われたり。ピラミッド(的組織)には無意識にならないようにしてます。

俳優さんでは他に城田優さんは自分で演出もされているのに、「NINE」の時に演出的なことは一切言わなかったのが素晴らしかった。いろんな演出プランとか思いつくだろうけど、俳優に徹してた。

 

徳永さん「蜷川さんもけしてトップダウンではなかったですね」

蜷川さんを反面教師としてフラットにしているわけではなく、蜷川さんの現場で学んだことでやっている。蜷川さんは怒っているところが面白いから映像で使われがちだけど、そんなことはない、優しい思い出ばかりです・・・というのはちょっと言いすぎだけど(笑)、愛のあるお叱りは受けたけど、80歳でも30歳下のプランナーさんの意見も聞いたし、若い演出家のこともライバルと思っていた(笑)。

 

ここからは観客が入場時に書いた質問から。

 

★このコロナ禍で蜷川さんが生きてらっしゃったらどう思ったと思うか

これはすぐ答えられます。ずっと考えていたから。「休もう」って言ったんじゃないかな。

トロイアの女たち」という2012年の舞台の時にイスラエルやアラブの方と日本人とでやったけど、内戦が激化した時があって、蜷川さんは稽古を休みにして家族に連絡してくださいと言った。演劇は生きる者のためのものだからまず連絡を取ろう、って。3.11の時も打ち合わせを止めた。休む時は休む。

2/26の時、僕はどう俳優と話していいか、落ちついて俳優と向き合えなかった。今は何をすべき時だと、蜷川さんなら、今こそチャンスだ、今こそこんな時に来てくれるお客さんと新しい価値観が生まれる、2~30代の脱ピラミッド、ピラミッドなんて知らないような若い演出家から面白い演劇が誕生すると言ったのでは。蜷川さんアクリル板好きだし(笑)。アクリル板たくさん使っていて、いろんな厚みのものがあって、床が厚いアクリル板だった時もある。

 

★「ジャージーボーイズ」再演にかける思い

2020年のグリーンとブラックチームをベースにして、リベンジでありながら元々2022年にもやりたいと思っていたので新しいJBが誕生する、新作と思っていただいて。

JBは歌が上手い人ばかりで、毎回始まる前のUP(歌う)が真剣を磨いてるみたいですごいです。

 

★ACTガイドの連載の写真について

16歳から写真を撮っていて今41歳なのですが、ACTガイドさんからそれで連載できないかと言われて、演劇の写真を撮ってみたいと思って、撮ることになった。

 

★JBコンサートをやってみたら上手くいったことは何ですか?

喧嘩が無かった(笑)。

皆の目的が1つだったので。JB自体良い喧嘩をして良くなっていくような話だけど、去年は何が何でもお客様に届けようと気持ちが一つだった。

(舞台が中止の時、それを伝える今村さんの「皆さん」という第一声の声のトーンで良くないニュースだとわかった)

 

★お客さんに望むことは

前知識無く面白いと思っていただけたら嬉しい。肩肘はらずに観ていただきたい。

 

★藤田さんの演出で客席降りは多いですが今後どうなるか

正直、困ったなあと(笑)。

客席降りするのは、お客様自身の物語であると感じてほしい、客席との間にある第四の壁をとっぱらいたいから客席降りをしていた。そう感じてからあえて作品をどう作れるかに考えが変わりました。

 

★「天保十二年のシェイクスピア」の再演はありますか

再演というか、やれなかった11公演をお届けするのを目指す座組を作りたい。

萬長さんのことを考えているのですが、もう同じキャストでは出来ない、萬長さんの最後の作品は「大地」だったけど、その前が天保だったんだけど。

リベンジする、やりたい、と具体的に動いていますので、乞うご期待。

 

ここで時間になりましたと栗原さんが入ってこられてお開きに。

質問の紙の束が藤田さんに渡されて、「これメールアドレスとか名前入ってるんですか?(質問の回答を送るため)」という藤田さん。(無記名です)

栗原さんが、そのうちサイトとかにまとめますか?という感じになりました。

 

最後、藤田さんが、蜷川さんが徳永さんの事をいい言葉を書くジャーナリストだと評価していたので徳永さんが何を書かれているか、今この芝居が面白いのか、じゃあ観に行こうとか気になる存在なんです、とお話して終わりました。