蜷川版「天保十二年のシェイクスピア」感想とシェイクスピア作品の対比その3
その2からの続きです。
各場面の説明をしますので、思い切りネタバレです。
ご注意ください!
******<ネタバレ注意>********
二幕です。
16.間違いつづきの花の下
「間違いの喜劇」「十二夜」「ハムレット」「マクベス」「リチャード三世」「オセロー」「トロイラスト「クレシダ」「ロミオとジュリエット」「恋の骨折り損」「ウインザーの陽気な女房たち」「アテネのタイモン」が使われていると論文にありましたが、そんなに・・・?
「間違いの喜劇」「ハムレット」がメインです。
いがみ合っているのを隠して、紋太一家と花平一家は、新任の代官の茂平太を花見でもてなします。(幕兵衛が病気で酒席に出られないのが「マクベス」らしいです)
そこに王次に父を殺され捨てられたお冬(毬谷友子)が気が触れて半裸で現れます。(「ハムレット」)
毬谷さんの狂ったお冬の演技が素晴らしかったです。
お冬が気が触れていてすぐ脱ぐというので、茂平太は鼻の下を伸ばして追いかけ、宴の幔幕の中は無人になります。そこに妻のおさちが夫の茂平太を探して登場、そのおさちを見かけた王次はおさちをお光と勘違いし騒動が起こります。
その後もお光とおさちが双子で瓜二つと知らない面々によって様々な勘違いが起こります。(「間違いの喜劇」)
致命的な勘違いが、おさちの夫の茂平太が、おさちが王次と浮気をしていると思いこみ、更におさちに執心の(妻だからなんだけど)茂平太のことをお光に惚れていると勘違いして、お光を茂平太にあっせんしようとした九郎治を八つ当たりで殺害、その上、お光をかばった王次を殺害してしまいます。間違いの”喜劇”どころじゃない。
(茂平太が「トロイラスとクレシダ」の寝とられたトロイラスを想起させるそうです)
王次は瀕死の息で仇の九郎治を殺してくれたことの感謝しながら、「生きようとしているのか死のうとしているのか、それが問題」と言って死にますが、観客席に笑いが置きていました。(どんどん人が亡くなるお芝居ですが、井上さんの脚本が死ぬ場面のセリフがコメディなんですよね)
また、三世次はお里にお光を殺すように命じられ(そしてここでお光への恋心を見抜かれる)、恋心をお光にばらされるくらいなら命令に従って殺そうと幔幕の裏からお光を刺しますが、狙った女はお光ではなくおさちだった上に、直前にお文とおさちの立ち位置が入れ換わっていて、間違ってお文を殺してしまいます。
これで紋太一家は、九郎治、お文、王次全員死んでしまいました。(「ハムレット」)
おさちとお光はここで初めて出会います。
またお冬がオフィーリアのように川に落ちて死んでしまったことが語られます。
17.櫛
「オセロー」「シンベリン」「リチャード三世」「アテネのタイモン」「リア王」「恋の骨折り損」が使われていると論文にはありますが、ほぼ「オセロー」かなあ。
紋太一家が絶えたので、清滝村は花平一家の天下になり、お里はすっかり良い女房になって結核の幕兵衛の看病をしています。
花平一家には三世次の兄貴分の利根の河岸安(「ジュリアスシーザー」のキャシアスのもじり)という有能な子分が、お里の片腕となって支えています。
病床の幕兵衛は三世次に女房自慢をするのですが(「シンベリン」)、三世次のたくみな話術でお里と河岸安の不貞を疑うように仕向けられます。
不貞の証拠となるのが、幕兵衛がお里に贈った櫛を河岸安が手に入れて(幕兵衛はお里が譲ったと思い込む)お光に贈っていたということで、ここは「オセロー」のデズデモ-ナのハンカチの話を櫛に置き替えています。
嫉妬に狂った幕兵衛によりお里は殺され、幕兵衛も自害します。殺す前にお里に、神に祈ったかどうか聞く辺りも「オセロー」。
このお里を殺す場面が、濡れ場からの場面でイクとか死ぬとかセクシャルなセリフの応酬でした。夏木マリさんはコミカルに演じてらっしゃいました。
18.墓は清滝信光寺
「ロミオとジュリエット」「コリオレーナス」「ペリグリーズ」「から騒ぎ」「アントニーとクレオパトラ」が使われています。
コミカルに人が死んでいく天保ですが、その中では一番悲劇的な場面です。
棺桶職人の佐吉は、言い交わした吉原の浮舟太夫が年季があけたはずだから、もうすぐここに嫁にやってくると浮かれています。
一方で佐吉の母のおこまは、吉原の太夫のような美女が嫁に来るわけが無いと思いつつ、そんな夢見がちな息子が死んだ夫にそっくりだが、佐吉は堅気に職人にしたから、やくざ者だった夫と違って長生きして孝行してくれると喜んでいます。
佐吉が棺桶を納品しに行っている時に、間が悪く浮舟太夫が約束通り訪ねてきたのですが、道中の危険を考えて醜いかさぶたのある乞食に化けてやってきたので、おこまはやはり欠陥のある女が来た、佐吉に悪い虫がつかないように追い返そうと思い、佐吉は死んだと嘘を告げてしまいます。(生きているのに死んだと嘘をつく「ロミオとジュリエット」「から騒ぎ」「アントニーとクレオパトラ」、また母親が子を思うあまりに自滅させてしまうのが「コリオレーナス」)
19.隠亡百姓の第二の噂ばなし
これも18の続きで同じシェイクスピア作品が使われています。
百姓たちが花平のあとを取り仕切るのは誰になるのか、やはり河岸安だろうと噂していると、隊長が「おれは三世次に勝たせたい」と言います。なぜなら三世次は自分たちと同じ抱え百姓の出だから出生してもらいたいと思うからだと。
一方、おこまに騙された浮舟は佐吉の偽物の墓の前で佐吉が死んだと思い自害、浮舟が来たと知って慌てて探しに来た佐吉も、浮舟が死んでいるのを見て自殺します。(「ロミオとジュリエット」)
「この墓石が初夜の夜具、この喉がかみそりよ、おまえの鞘なのだ」のセリフも「ロミオとジュリエット」のパロディ。
この場面、佐吉が浮舟を探しまわって、掘られていた墓穴に落ちるシーンがあるのですが、この二人が哀れすぎて、笑うべきシーンなのかちょっと迷うところです。
蜷川さんはここもコメディタッチにするつもりだったのかしら。
20・関八州親分衆
論文によると「ジュリアスシーザー」「リチャード三世」「オセロー」「リア王」が使われているそうです。
紋太一家に続き花平一家も全滅してしまったので、清滝を仕切る親分を誰にすべきか、関八州の親分たちが会議に集まります。
有能と評判の河岸安が満場一致で選ばれ、対抗馬の三世次は親分たちに名前も覚えてもらえない状況でしたが、河岸安を褒めたたえることで評判を落とす三世次の演説で、河岸安はお里と通じていた罪を着せられ処刑され、まんまと三世次が清滝を手に入れます。
この敵を褒めあげて落とす演説が「ジュリアスシーザー」のアントニーの演説、落されるキャシアスが河岸安です。
浮気の証拠になった櫛の話が蒸し返されるのでこれが「オセロー」、「リア王」と「リチャード三世」はどこを使っているのか不明…。
21.唆と錯
「リチャード三世」「マクベス」「テンペスト」「タイタスアンドロニカス」「ヴェローナの二紳士」が使われているそうです。
清滝を手に入れて三世次は「もう欲しいものはない」と言いながら、お光でもおさちでもいいからどちらかをモノにしたいと言います。
そこに例の老婆がやってきて「ひとりでふたり、ふたりでひとりの女に気をおつけ」と言いますが、三世次はお光/おさちを手に入れたいばっかりに、その予言の抜け道が無いか尋ね、「自分で自分を殺さない限り大丈夫かも」という予言を得ます。
(この辺り「マクベス」の「女の腹から生まれていない人間にやられる」「森が攻めてこない限り大丈夫」に通じる、起こり得ないと思われる予言であり、「リチャード三世」の亡霊に怯えて「おれがおれに復讐する」という場面が使われている)
喜んで三世次は、お光をものにしようと、寝所に忍び込みます。
女性を手篭めにしようというところが「タイタスアンドロニカス」「ヴェローナの二紳士」。
拒絶されて三世次はお光を殺害、それを双子のおさちが夢に見て、夫の茂平太に三世次を捕縛するよう頼みます。(「テンペスト」知らないけど、こういう夢で真実を知る場面とかあるのかしら?)
22.酒樽の中は山吹色
「リチャード三世」「マクベス」「ヘンリー八世」が使われているそうです。
とらえられた三世次は代官の手付たちに拷問を受けますが、逆に小判で彼らを買収し、縄を解かせた上に酒樽に小判を沈めると、手付たちに代官の茂平太を「酒樽に小判があった」と呼びに行かせ、欲を出して酒樽の中の小判を拾おうとした茂平太を酒樽の酒に顔を押しつけ殺害します。
これは「リチャード三世」でリチャードが次兄のジョージを酒樽に沈めて殺したのと同じ。
そして三世次は自分が代官になれるようお金を使って手を回します。
代官所が騒々しいと心配してやってきたおさちを、三世次は夫である茂平太の死体の横で口説きます。
この辺りの口説き文句や唾が毒だとか、わざとおさちに刀を渡しておれを殺してくれと言いながらいざとなるとはぐらかす辺りが「リチャード三世」でリチャードがアンを口説く場面のパロディです。
「リチャード三世」でもアンが彼を受け入れることで、リチャードが「王の死体のそばでこの女を手に入れるとは、自分が思うほどおれは醜くないのかも」と思ったのと同様、三世次も自分は醜くないのかもと思い始めます。
23.隠亡百姓の第三の噂ばなし
「ヘンリー八世」が使われているそうです。
その他下々のものが権力者を批判する場面はシェイクスピアの作品に頻繁に登場とのこと。
代官になった三世次の苛政が語られる。
土地を持たない抱え百姓にも年貢を貸したり、自分の礼服を汚した百姓を殺害したり。
24.鏡
「リチャード二世」「リチャード三世」「ジョン王」「アントニーとクレオパトラ」「マクベス」が使われているそうです。
三世次の妻となったおさちが初めて「いいことがありそうだから」と三世次にお茶を入れ、三世次はそれをおさちがようやくその気になった(肌を許す気になった)と勘違いします。
そこへ百姓たちが蜂起したとの知らせが入りますが、三世次はおさちで頭がいっぱいで、手付たちの注進も無視します。
しかしおさちはその気になったわけではなく、購入した大きな鏡がやっと届いたので、それに三世次を映し、自分の醜い姿を見て慄かせる復讐がやっとできるのを喜んでいたのでした。
鏡にぶつかった三世次が鏡を割ってしまうと、そのかけらでおさちは自害、そこへ百姓たちが乗りこんできます。
三世次が百姓の隊長を斬り殺したことでさらに百姓らの怒りは爆発、三世次は「鏡の中の自分を殺した」「抱え百姓を斬り殺した抱え百姓のおれ」と、自分で自分を殺すという魔女の予言を現実のものにしてしまったことに気が付き、「死ぬのか?」と自問し、「馬を持ってこい」と叫びますが、百姓の竹槍に刺されて殺されます。
(ありえないと思っていた予言が現実になったことに気がつくのが「マクベス」、「馬を持ってこい」のセリフは「リチャード三世」の死に際のセリフ)
25.墓場からのエピローグ
墓場から登場人物が登場するのが「十二夜」。
「もしもシェイクスピアがいなかったら」の歌を歌いながら、キャストが三角巾をつけて幽霊の扮装をして登場するカーテンコール。
以上です。
シェイクスピアの各作品がどんなふうに使われているのかまとめようとしたのに、シェイクスピアの作品、10作品位しか知らないから、国会図書館で慌てて書き写してきた、各章と作品タイトルだけじゃダメでした。
あと、シェイクスピアは生きている人を死んだことにしたり、双子を見間違えたりするお話が多いんだと思いました(笑)。
次は、蜷川版天保十二年のシェイクスピアの感想と来月の天保はどんな感じかなあという雑記を書きます。